戸次貞雄説法録(昭和36年3月3日 自衛力)

ご恩師ご説法画面

戸次貞雄説法録(昭和36年3月3日 自衛力)については、

会員専用の有料ウェブサイトにて公開しております。

下記の 有料会員ページ ボタンよりお入りください。

有料会員ページ

 

まだご登録でない方は、ぜひこの機会に会員専用の有料ウェブサイトに

ご登録いただけたら幸いです。

さまざまなコンテンツを用意して皆様をお待ちいたしております。

詳しくは、各道場までお問い合わせください。

 

 

高岡道場大祭報告

高岡道場大祭H29

高岡道場大祭報告については、

会員専用の有料ウェブサイトにて公開しております。

下記の 有料会員ページ ボタンよりお入りください。

有料会員ページ

 

まだご登録でない方は、ぜひこの機会に会員専用の有料ウェブサイトに

ご登録いただけたら幸いです。

さまざまなコンテンツを用意して皆様をお待ちいたしております。

詳しくは、各道場までお問い合わせください。

 

 

血脈相承(血脈相承 三)

血脈相承 三の動画については、

会員専用の有料ウェブサイトにて公開しております。

下記のログインボタンよりお入りください。

有料会員制ウェブサイトログイン

 

まだご登録でない方は、ぜひこの機会に会員専用の有料ウェブサイトに

ご登録いただけたら幸いです。

さまざまなコンテンツを用意して皆様をお待ちいたしております。

詳しくは、各道場までお問い合わせください。

 

 

『いただきます。』豚肉編     (紙芝居動画)

 

この紙芝居の動画は将来を担う子供たちに食するという日々の生活を通じて、天地のお恵みを感じてもらい、万物万象、たくさんの生命や人々の支えによって生かされていることを考えていただければと思い、制作されたものです。教義的に説明するには不完全なものですが、少しでも日々の生活のありがたさや信仰することに興味をもってもらえれば幸いです。以下の文章をご参考ください。

平成24年7月8日 当教団発行 『戸次貞雄著述 妙皇道報  より抜粋

【運を良くするお話】その6 畜類や虫類の供養

たびたびこれまで、お話いたしておりますように、仏様の眼から見ますと、畜生も虫類も、皆わが子だと申されています。それは決して口先や方便ではありません。

畜類でも鳥類でも虫類でも、ほとんどが人間に縁があるように仕向けられています。中にはずいぶん縁遠いのもありますが、それからそれへと、縁がつながれております。殺したり、殺されたり、食われたり、食ったり。

どうしてこんな悪縁でつながっているかと申しますと、人間であればお互いに救い合う、その知恵を持たせてありますから、自分の考えで、人のためや村のためというような、善い行いをして善根を植え、仏様や神様のご加護を受けて、安らかになれるようになっていますが、ほかの動物にはそんな知恵を持たせてありません。それで、自分から進んで善根を植えることはありませぬ。したがって、よい所に生まれることもならずに、いつまでもいつまでも、もとの姿に生まれておらねばなりません。

自分が重ねてきた罪でそうなったのですから、それでもよいのでしょうが、もともと人間をはじめ、わがままで固まっていますから、悪いことをするのが多くて、ついには人間に生まれてくる善根者がなくなって、それこそこの世は虫けらの世界になりましょう。それではせっかく、この世をみんなで楽しもうとお計らいくださった、仏のご慈悲も神様のお仕組みも、むだになります。

悪事はそれを悪報となしても、その悪の報いから一刻も早くのがれさせようという、そのおぼし召しから、殺したり殺されたり、食ったり食われたりするようにして、縁を作ってあります。食われれば食ったものの腹肥やしの善根となり、殺されれば自分の罪を殺したものが持っていく。

例えばハエになり下がるには、それこそ犯した罪は量り難い。食う殺すなどを日常行事として畜類魚類等に生まれ、転々して、ハエと生まれる。その転々のうちにどれほど食う、食われる、殺す、殺されるして、悪縁がそれからそれへとつながっているか量り知れぬ。

そのハエがうるさい、ポン、人間が殺す。と、そのハエに関連した悪縁とともに殺した人間が背負う。その人が信仰家であれば、その力でだんだんとハエもよい所に生まれていく。またハエの縁作りしたものたちも、次第に救われるようになる。こうしてお互いが救い合って、お互いに苦しみから抜けるように、仕組んであります。

人間と生まれたら、どうしてもそれらを助けねば、自分たちの安心はできぬようになっています。そのために他動物に比べて、比べものにならぬ知恵と特権を持たせてあるのです。こんな訳合いのもとに世の中を作ってあるのですから、『俺は正直だ、何一つ罪作りのまねはせぬ。神様におわびするような悪いことは、ねぇや』などと言っても、お前さんばかしの世の中ではないから、そんなことばは通用しない。国王であろうと、その受くべき因縁の仕組みは受けねばならぬ。どんな者でも生まれ出たかぎり、きっと悪因縁の罪を背負うようにできておる。

その悪縁を良縁に移すのが目的であるから、その仕組みがされているのです。毒薬変じて薬となる、それのごとく悪縁を良縁となす方法、それが仏法の肝心です。『哀れなものだ。仏様におすがりして、よい所に生まれろよ』その心で、またそれらに結び付かねばならぬ罪の身を、心からわびねばならぬ。

その真心のしるしが朝夕の読経であり、念願のしるしが戒名となるのです。と、先にも申しましたように、どんな縁が作られているか、それらは凡夫ではわからぬ。それは、わからぬなりに供養をさせてくださる。総戒名で我慢してもらう。その総戒名は、だいたい人間以外を四つに分けて作ります・・・。

普明会ホームページ作成チーム
by Fumyou Web Team

 

 

平成28年 第56回 祖神祭報告その② 最終回

下記のスライド動画は、今年の祖神祭にて鹿島俊郎のご法話(約50分)を拝聴した際、参加者の方々にご覧いただいた映像から抜粋したものです。前回公開したスライド動画①(昭和25年~32年)につづいて、今回は福井支部同信が撮影した動画映像と昭和33年から34年までのスライド写真を年代順に短く編集したものです。

※当初、このスライド動画を3回に分けて公開する予定でしたが、動画編集の都合により2部にまとめさせていただきました。

【 動 画 】下記の再生ボタンをクリック(タップ)してご覧下さい。

【動画映像提供者】 吉中義一さん(福井支部)

出版物発行のおしらせ 戸次貞雄 講演会記録三

出版物おしらせ2

戸次貞雄 講演会記録三について
この冊子は、戸次貞雄が昭和26年7月8日、『文化大講演会』と題された浅草公会堂での講演会と、昭和27年8月10日に『日本民族道と宗教』と題された福島市新開座での両講演会記録を、当方にて編集し、注釈を入れ、平成28年1月31日に発行したものです。
(注)赤色の文章は原文から引用したものです。
文化大講演会
 『文化大講演会』では、文化とは喜びであり、
「私どもが生まれる前から、われわれに文化を与えて喜ばせようという考えの下に、この地球が造られたということを、この文化を通して知ることができる。そうすると、宇宙にみなぎる心は、喜ばせんがために動いているのだと、はっきりこれを言うことができるわけであります。これを私は、天津心と唱える」
「天津心をそのままわれわれに伝えられて、この心を行いさえすれば、いかに波風があろうとも最後まで栄えていくという、そのお示しをされている。それが、日本のご皇室の実体であらせられる」
と述べています。
さらに、キリストの説く墓場の死人をよみがえらす法が、わが国のみ霊鎮め祭りであり、その日本の国柄を説いたものが仏教であるとつなげています。そして、「キリストの十字架の大役」を解き明かし、
「キリストも、天国がきた時は墓場の死人はよみがえる、という予言をしているのであります。これが崇祖の実、まず先祖を救う、これが我々日本人の第一の仕事です」
としています。

 『日本民族道と宗教』では、国民に民族精神がなければ亡国の憂き目から立ち上がるのは難しいとされ、
「日本の思想を知らざる日本人がいるがゆえに、日本民族道というものを高らかに叫ぶのであります」
「日本民族道とは何ぞや。言うまでもなく先祖を礼拝し、先祖を尊ぶことが日本民族道の骨子であります」
と、さらに、
「この先祖礼拝こそ、天地を造られた親神に至る。祖神に至るがゆえに、その天地を造られた祖神から万物が造られたのであるから、その生命は万物に通じますから、実に先祖礼拝こそは大宇宙愛の宗教であります」
と述べています。
そして、
「その無言の教えを垂れさせ賜ったのが、神武天皇であり、それをお指図あそばしたのが、わが伊勢の皇大神宮、天照大神だったのであります」
と述べられ、最後に、
「正に皇室の駆使せられておる法こそ、人類無窮の法と、いわゆる光を運ぶところの一家に喜びを与える、一家愛を示されているところの尊い神様であるということが必要であります。これをもって、いわゆる天皇道と称し、しかも天皇と共に、先祖から今日までわれわれもやってきたのであるから、正にこれが日本民族道であります」
と結んでいます。

出版物おしらせ2-2

今後、戸次貞雄講演会記録などの冊子が順次出版される予定です。
詳細は各道場にて、お問い合わせください。

 

神様からの贈り物~冬のあまつごころ~紙芝居動画

 

【近況報告】全国的に有名なブランド魚、富山県氷見の「ひみ寒ぶり」ですが、今シーズン(平成27年11月~平成28年1月)の水揚げは不漁によりひみ寒ぶり宣言はありませんでした。(×_×)


【天津心(あまつごころ)】について、戸次貞雄のご法話の一部を掲載いたします。ご参考下さい。

戸次貞雄講演会録(三) 『文化大講演会』より抜粋

まずその天津心から解剖してみます。文化はひと言にして言えば、これは喜びです。文化はもちろん、われわれの知恵と力によって発明発見し、施設を整備したわけであります。またその知恵はどこからもらったか、ということを考えますと、これはやはり宇宙からもらった。親がよこしたのでもなければ、自分で持ってきたのでもない。宇宙が備えさせてくれたという以外には、答えはないのであります。 (中略) また、その施設を造る知恵を持つようになってから、文化の材料がこの地球上に生まれたのではないのであります。われわれがこの地球上に生まれる前に、文化を成す材料は、全て備えられていた。私どもがまだ、どこにいるかわからなかった人類という影も形もない時分に、すでに文化する材料というものは、この地球に備えられていた。そうしますと、私どもが生まれる前から、われわれに文化を与えて喜ばせようという考えの下に、この地球が造られたということを、この文化を通して知ることができる。そうすると、宇宙にみなぎる心は、喜ばせんがために動いているのだと、はっきりこれを言うことができるわけであります。 これを私は、「天津心」と唱える、この地球もまた、宇宙に法則があってそうして出来たのだ。喜ばしめんがためだ。だからその喜ばせるという事実は、地球が出来る以前からみなぎっていたということを、なお深く言うことができるわけであります。

戸次貞雄講演会録(三) 『日本民族道と宗教』より抜粋

この地球が出来た時に、今日の文化を成す物質も出来ていたのであります。私どもの手で作って、私どもが科学して、今日の文化が創造されたのではないのであります。私どもがこの地上に生れる前からすでに、科学する法則もあれば、また科学するところのその物質もりっぱに備えてあった。人間がまだこの地上に生息しない時から、その準備はこの地上にされておるということを考えることができる。そうしますと、この地上を造る時にはすでに、われわれを喜ばしめんとする心が、この地の中に入っていたということを申し上げることができます。 これを私は称しまして、「天津心」と唱えているのであります。そんな所に心があるか、とこう申される方もありますが、宇宙の中に心がないのであったならば、われわれが心を持って生まれてくる道理はないのであります。 自分が見ることができないから、それはないのだという人では、知ることはできません。自分の心をつかむことができますか、自分の魂を見ることができますか。またニンジンやゴボウなどを食ってこね合わしたその一部から、われわれがこうして生い立った。その変化を、みずから眺めながら生い立つことができたのか。 私どもは、実に見えざる力があってこそ、生活ができるのであります。その見えざる力、また見えざる心、それは何であるかということを申し上げますと、今説明しましたように、正に喜ばしめんがために動いているという、この空中におけるところの恵みを、りっぱに今日の文化を通して釈明することができるのであります。 そうしますと、宇宙の心に沿う、喜ばしめんがために尽くすところのその恵みに沿うならば、必ず幸福を得るということが断言できる。

普明会ホームページ作成チーム
by Fumyou Web Team

 

 

 

 

『いただきます。』じゃがいも編     (紙芝居動画)

 

この紙芝居の動画は、ジャガイモという植物に対し、人間的な感情を注ぎ入れ、その喜びを表現したものです。
また、人間のカラダや他の生命体や物質、あらゆる生命力、現象はすべて天地のお恵みで、宇宙の心の現れです。ここでは人間と他の生命との宿命の違い、さらに人間の立場をいかに捉えるか、子供たちといっしょに考えるきっかけになれば幸いです。

以下の文章は初代会長鹿島俊郎のノートから抜粋したものです。
ご参考にしてください。

『夜、恩師(戸次貞雄)がかつて、近江二連隊に入隊されたときのことである。
皆は、ずいぶんしぼられて苦しんだが、恩師は上官に非常にかわいがられ、非常に楽をされた。
それも、訳あるかなで、あるとき、練兵場で、疲れて皆ツツジに腰をかけて休んだ。あとで恩師は、同僚や上官の前で、練兵場のツツジはかわいそうだ、同じツツジでも、ご隠居さんにかわいがられ、水や肥料をやられて、美しく咲いているのもあるし、咲くのも咲けず腰をかけられて、上にも伸びられぬよう、運命づけられたツツジもある。しかも、自分の力では、どうしようにもないのである。しかし、人間は、天地から、自由を与えられている。宿命によって、このツツジのように差はあれど、みずからの努力、決心により、運命さえ変えていくことを許された身の喜びを、つくづくと話したとき、上官もしみじみと聞き、変わった男だなと、皆一様に親切にされた。とのことである』 (祖神ノート抜粋)

普明会ホームページ作成チーム
by Fumyou Web Team

 

 

平成27年 第64回 本部万霊殿大祭 報告

全国から大勢の同信の方々がお集まりになり、第64回本部万霊殿の大祭が執り行われました。前夜祭当日9月16日、各支部旗が神前にお供えになり、午後3時よりお経が始まりました。その後、白髭神社へ本部旗の御旗渡御(みはたとぎょ)が行われ、同日午後7時より同信の方々の体験談発表がありました。翌午前0時より、万象万霊のための鎮魂帰神祭と護摩焚きが厳粛に執り行われました。午前11時からの大祭のお経後、各道場責任者の体験談発表、そして最後に会長の法話を拝聴し盛大に大祭が行われました。

【動画】上記の画像をクリック(タップ)すると動画が再生されます。

 

大祭餅つき  15日午前 お供えする鏡餅の餅つき

大祭墓地霊廟参拝216日午前 会長ならびに各道場の責任者にて、冨士霊園にある教団物故者の合同祭祀墓初代会長 鹿島俊郎を祀る鹿島家墓地を参拝、そして、ご霊廟参拝として天地大権現尊・教祖戸次貞雄に大祭の祈願が行われました。

御旗渡御16日午後3時 お経の後、猿田彦之大神を先頭に会長ならびに各道場の責任者、各支部御旗奉持者による御旗渡御が白髭神社(教団本部の氏神社)にて行われました。

大祭同信体験談16日午後7時  同信の方々による体験談発表

17日午前0時  鎮魂帰神祭

         護摩焚き

17日午前11時 大祭

大祭法話体験談午前11時よりお経が始まり、その後、各道場責任者の体験談発表がありました。続いて会長の法話があり、最後に国歌と団歌を奉唱し第64回本部万霊殿大祭が終了いたしました。