普明会 唱歌

 

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昭和31年5月15日 5時  「作詞 小川喜久三」   (愛国行進曲に合わせて歌う)

 

1 見よ東海の夜(よ)は明けて、宇宙を照らす妙皇道(みょうおうどう)

神も仏も手をとりて萬(よろず)の霊(みたま)救ふなる

之れ八紘(あめつち)の平和道、天津心の御旗(みしるし)を

世界の絶(はて)まで打ち立てん

あ〃 我が主(みおや)普明尊

 

2 聞けキリストの御声(みこえ)をは、神に捧げて見よや友

墓場の死人復活(よみがえ)る妙なる教(のり)の誠こそ

之れ皇(すめらぎ)の民族道、天津心に添(そ)いてまし

萬象(ばんしょう)挙げて掌(て)を合わす

あ〃 我が主(みおや)普明尊

 

3 釈迦は覚れと教えたり、魂鎮めも言い遺す

萬象挙(こぞ)って神となる、妙なる道の示現(じげん)こそ

之れ日本(にっぽん)の使命なり、天津心を弥栄(いやさか)に

宇宙挙げて大平和

あ〃 我が主(みおや)普明尊

 

普明会唱歌

高岡支部 法座にて

平成26年5月上旬、高岡支部同信(約30名、年齢約50才~80才台)で普明会唱歌を合唱させていただきました。

この会歌は昭和31年5月、当時大阪支所(現・大阪支部)責任者、故小川喜久三氏の作詞によるものです。昭和24年に普明会が創立し、昭和28年頃より本部から責任者を全国的に派遣して、これからこの教えを広めていこうという意気込みが、この詞に込められています。

年に一度の本部、支部大祭や大祭事等の際、万霊殿や道場に集まった同信の方々で、国歌と同様大切に歌い続けられてきました。また、高岡支部では遠方の托鉢の際、道中車の中で歌いみんなで気持ちを高めてきました。しかし、近年歌われなくなり、歌える同信の方も少なくなって記憶からなくなりつつあります。この機会に記録として残しておきたいと思い収録いたしました。

この教えが永遠に続き、世界に広まっていくことを祈願し、みんなで心を一つにして合唱させていただきました。また次の世代の人達にも歌い伝えていけたらと切望いたします。

高岡支部 小沢慎治

 

団歌

永遠(とこしえ)の命の庭の荒垣(あらがき)に

くだけ散りませ君が御前(みまえ)に

 

万霊殿 三月人形供養

 

平成26年3月17日、本部万霊殿において三月人形供養が執り行われました。

各支部支所でもひな人形が祭られ、それぞれ供養が行われます。

 

ひな祭りは女子のすこやかな成長を祈る節句です。起源説はさまざまあるそうですが、いつのころか分からないほどの大昔から自然に伝わり、現在にまでいたっております。この季節になると一般の家庭で飾られ、年中行事としてひな祭りをしています。これはわが国のすばらしい文化伝統の一つです。

ひな人形は一般に上の段から、内裏(だいり)(びな)あるいは親王(しんのう)(男雛、女雛)はそれぞれ天皇陛下、皇后陛下をあらわし、もしくは(正しくは)親王と親王妃。三人官女は宮中に仕える女官。五人囃子(ばやし)は能のお囃子を奏でる5人の楽人。そして、右大臣と左大臣。3人1組である仕丁(しちょう)あるいは衛士(えじ)は従者をあらわすそうです。

(ウイキペディア「雛祭り・雛人形」より抜粋)

 

これらのことからみましても、われわれの先祖は代々、心から天皇、皇后両陛下を尊びご皇室をお支えし、お祭りをされてきたことがわかります。また歴代天皇皇后両陛下をはじめご皇室の方々も心から国民の幸せと平和を願い、宮中祭祀として祖先礼拝をなされてこられました。わが国は君民一体で一家国家の和楽、八紘一宇(宇宙一家)を理想とし、日本民族として喜び合いの道を歩んでこられたのだと思います。われわれ日本人はこのことを誇りに思い、大切にしなければならないと思います。日本天皇道、民族道こそ世界平和に導く、唯一の道だと信じます。

 

三月人形祭①(万霊殿)

職員ならびに、近隣支部支所の同信が万霊殿に集まり、午前11:30より会長鹿島孝夫の先達でお経供養がありました。

三月人形祭②(万霊殿)

三月人形祭③(万霊殿)

万霊殿 三月人形供養の様子

 

 

三月人形(高岡支部)

高岡支部 三月人形

三月人形祭(高岡支部)

(3月30日、高岡支部三月人形供養の様子)

 

 

平成26年 お稲荷様の大祭       初午祭、二の午祭報告

  お稲荷様とは、五穀など我々の衣食住に必要な万物いっさいのお恵みに感謝し、そのお恵みを神として祭祀したものが稲荷。またそのお恵みのために働き、法の進展をはかる神霊を稲荷といいます。すなわち、稲荷の神霊のお働きは、一般に言われる商売繁盛ばかりでなく、衆生に衣食住に必要ないっさいの恵みを与えつつ、法の実りの進展をはかる、大切なお役目です。

 

稲荷祭について

 午の日がお稲荷様の祭日とされていますが、普明会ではその年の(節分後の)初めての午の日は、初午祭といってお稲荷様の大祭日となっています。そして、2番目の午の日を二の午といいます。一般では、初午祭、二の午祭とも、その場で祀られているお稲荷様(伏見様とか豊川様)のお祭りです。

 普明会では、初午祭は、本部に祀られている司照憲稲荷大明神を中心としたお稲荷様の大祭で、二の午祭は、各支部、支所のお稲荷様を中心とした大祭日としています。

 また、日々の午の日も、普明会では稲荷祭を行います。12日毎に1回あり、他の行事に比べ数も多いのですが、お稲荷様のお役目を考えれば、当然かも知れません。

※ 司照憲稲荷大明神とは・・・憲(のり)を照らし、万霊救済、万霊礼拝の旗印のもとに、伏見とか豊川とか、個々の使命 (注:伏見、豊川には、それぞれのお役目がある)を超えた司として、地に落ちたその霊達を救い上げる神。そして、再び個々の使命を持った稲荷様の眷属として、もしくは、みずからの稲荷眷属として働かせるべく使命を持った神。さらに、法の進展を計る神。それが、司照憲稲荷大明神のお役目なのです。

(普明会報特別号第6号「お稲荷様について」より 平成6213日発行)

 

平成2624日 初午祭

稲荷社(万霊殿)

万霊殿 外宮   司照憲稲荷大明神(稲荷社)

 

初午祭入場

会長並びに近隣支部支所責任者の入場

 

稲荷社神殿

稲荷社 祝詞殿内   初午祭の様子

 

初午祭参加同信

本部、近隣の支部、支所からの参加同信

 

 

平成26216日 二の午祭

 今年は214日未明より、東北地方、関東甲信越地方を中心に記録的な大雪に見舞われました。多くの家屋等の倒壊や道路、鉄道の通行止めにより、甚大な被害が生じ、特に関東地方では村が孤立し、店舗等の品不足に見舞われました。被災者の方々には心よりお見舞い申し上げます。

 また八王子市では雪で町のアーケードが倒壊し、八王子支部の同信の中には自宅車庫が倒壊し自家用車が破損した方もおられました。しかし、大雪で足もとが悪い中、16日の二の午祭に参加されました。そういう中、皆日頃のお稲荷様のお恵みに感謝し無事祭事が執り行われました。(八王子支部 責任者)

八王子支部(二の午祭)

八王子支部 二の午祭の様子

稲荷社(八王子支部)

八王子支部 稲荷社

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八王子支部 外の様子 平成26年2月16日

 

 

稲荷社参道(高岡支部二の午)

高岡支部   稲荷社 参道

 

二の午祭(高岡支部)

高岡支部  二の午祭の様子

二の午祭(高岡支部)

 

平成26年1月31日 第54回 祖神祭

祖神祭とは、初代会長、鹿島俊郎の命日で、そのお祭りが執り行われました。

全国から大勢の同信が本部万霊殿に集まり、祖神鹿島俊郎の威徳を偲び、自らの使命達成を祈願して午前11時からお経供養がありました。その後、松山支所責任者の佐々木継人、名古屋支部責任者の河合洋行の体験談発表、続いて祖神のご法話 「華厳の世界」(祖神法話集CDより)をお聞きし、鹿島孝夫会長のご法話を拝聴しました。そして国歌、団歌を斉唱し、最後に全員でご霊廟に参拝しました。

 

ご霊廟参拝の様子

会長先生ほかご霊廟参拝
会長並びに各支部支所責任者
同信ご霊廟参拝
同信の方々は支部旗を先頭にご霊廟参拝

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和33年 祖神(鹿島俊郎)講演の様子

鹿島俊郎S33.1
昭和33年1月 鹿島俊郎 本部(横浜)にて
鹿島俊郎S33.4.13
昭和33年4月

 

 

 

 

 

 

 

平成26年 寒修行

普明会教団では、小寒(1月6日)から節分まで一年間で最も寒いとされる時期に寒修行を行っております。

同信各自が、白衣姿で地元や縁のある地域を托鉢行脚することで寒修行としています。一軒一軒の玄関先で般若心経を上げさせていただき、お心ある方からはお布施をいただきます。また、その縁により、お教えを伝えるためのパンフレットをお渡ししたり、総戒名というお札をおまつりしています。

わたしたちは「祖先礼拝の道」をお伝えするために托鉢をさせていただいております。

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托鉢行脚の様子

 

本部職員による氏神社(白髭神社)、万霊殿餅上げ

平成25年12月30日午前8:30より氏神社、本部万霊殿の餅上げが行われました。

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氏神(白髭神社)の一重1斗鏡餅(上4升、下6升)

 

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猿田彦様を先頭に氏神様に御旗(みはた)渡御(とぎょ)、餅上げ

 

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白髭神社境内

 

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氏神社 餅上げ

 

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皇礼典法華妙皇道実証経を奉唱しました。

 

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本部万霊殿、一重5斗(上2斗、下3斗)鏡餅

 

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氏神社に引き続き、本部万霊殿の餅上げ

 

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ご挨拶

 

戸次貞雄ご恩師(普明堂主)の餅上げの趣旨は以下の趣意書を参考にしてください。

 

昭和9年度一重4斗5升鏡餅供進趣意書

日本国民として生をこの土に受けたる(やから)、必ず行わねばならぬ敬天崇祖の事業、その根本となるべき報恩と祈願を兼ねし献餅供進の儀を修し、もって神国民として世界に示すべき道を明らかに、しこうして国難打開一家幸福の(めい)(じょ)を仰がむとす(日本国中において、いまだかつてかくのごとき企てなし。当地において企てたるをもって嚆矢(こうし)とす。物事は一番乗りこそ最も好ましきことである。率先、これを賛ぜられよ)。

それ重餅は古来より鏡餅として称し、戸毎に一月元旦を寿(ことほ)ぎ祝う唯一の供進物とせり。これが所以(ゆえん)は重餅の表象のよく重厚にして荘厳、上餅また特に高厚を示し、下餅に臨むに小をもってし、慈悲仁譲志意和雅の徳を現す。下餅またよく上餅を支え保ち、その力を現ずるに遠大。上下相和して不動身を示し、天地昭和の円満理想を具現す。内証また布施、持戒(じかい)忍辱(にんにく)、精進、一心、智慧を含みて、一切衆生の帰向すべき道、大和魂の精根に合す。ゆえにこれを心の鏡となし、一年の計は元旦にあり。その元旦に、我本年の行事重餅のごとからむと誓請(せいせい)し、小にしては自己一家、大にしては一郷一国の向上と円満とを祈念し、かつまた旧年中のご加護を鳴謝(めいしゃ)すべく、神仏の御前にこれを供え、報恩と行願の証しとはなすなり。ゆえに重餅を称して鏡餅と唱う。

ここに祖先礼拝を要諦とし、大日本皇道を妙皇道と唱え奉り、全世界帰向の大教示として奉賛の項に当たる明法会(みょうほうかい)、謹んで鎮守氏之神尊礼讃会を組織し、もって敬天の事業を興し、深く崇祖の実を揚げ、国家多事多難の大危災を除劫せむことを計る。祖先は我等が根幹にして運命所生の素なり。崇祖の実は根幹盛大の肥料にして、良運出生の種なり。祖先安ずれば家栄え、祖先安ずるところなくば一家(おとろ)う。鎮守氏之神尊は、我らが所在の地を安ぜしめ栄えしめんと鎮まりまします地の祖先の代表にておわし、一郷一村の日の守り夜の護りとならせたもう大恩者なり。鳴謝(めいしゃ)祈念(きねん)せずして何ぞ(神の世を示し申さで人の苦を誰か救わむ(いや)(すべ)もなし)

近時ようやく信仰心抬頭(たいとう)し、その流行を示さんと欲するは思想国難を叫ばる今日、真に欣快(きんかい)に絶えずというも悲しいかな、請願のみありて報恩の念慮(ねんりょ)届かざる空念仏、労して甲斐(かい)なき信仰たるを(まぬが)れず。ゆえにその報恩と請願祈念とを兼ね、昭和九年一月元旦鏡餅供進の儀を興せり。県社稲荷神社の分は地元たる福島市中に会員を求め、大神宮に献餅の儀は一般的にこれを求むといえども、その員数の如何により経費の関係上取止めの余儀なきにいたらむやもはかられず。願わくば大方諸賢、かかることなきよう日本最初のくわだてをして頓座(とんざ)せしめず、御賛同礼讃の実を示され過去一か年の報恩と新たなる本年の幸福誓願祈念のために奮つて敬天の事業の微意(びい)に参加せられむことを。

昭和八年          主唱 普明堂主

奉讃 明法会

主催 鎭守氏之神尊礼讃会

(昭和27年1月1日発行RGD報より)

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昭和25年12月30日 福島市県社稲荷神社

普明堂主 戸次貞雄ご恩師 (写真中央上)

初代会長 鹿島俊郎 (向かって鏡餅の左)

 

本部本殿(万霊殿)の屋根工事完成

昨年(H23)7月に着工した、本部本殿(万霊殿)屋根葺き替え工事並びに太陽光発電設置工事が昨年12月5日に完成し、平成24年1月5日にお祓いが執り行われました。

本部万霊殿

本部本殿(万霊殿)

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屋根のお祓い

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神前でのお祓い(塩祓い)

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~これより平成23年9月下旬よりの状況~ 本殿屋根の南西面(照憲社側)に太陽光パネル設置

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ステンレス貼り付け後の点検

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太陽光で発電した電力を、付属棟の電気室まで引き込むための配線装置設置(屋根の北西面)

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電気室へ配線を通すための配管工事(付属棟回廊)

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太陽光の発電量を示すモニターからそれぞれの機器の動きをみている(本部講堂)

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屋根にメンテナンス用の足場を取り付ける{屋根の南東面(富士山側)}

詳しくは、普明会報 第6号 を参照下さい。